ホーム世界史インド、東南アジア、中国、アメリカの古代文明→(基本)夏王朝・殷・西周

1.夏王朝

夏王朝かおうちょうは、司馬遷しばせん史記しきに記述がある最古の王朝である。実在したかどうかは、まだ確定していない。が建国したとされる。

※前2000年くらいから、中国では青銅器が使われ始めたようである。

2.殷

いんは前16世紀に建国された、存在が確認できる中国最古の王朝である。湯王とうおうが夏王朝のけつを倒して建国した。王朝後期の首都はしょう殷墟いんきょ。特徴としては、

1.甲骨文字こうこつもじの使用

2.ゆう(集落や都市)の形成

3.青銅器の使用

4.祭政一致の神権政治しんけんせいじの実施

が挙げられる。前11世紀に滅亡した。

※Wikipediaでは、殷の建国年代を前17世紀頃としている。

3.西周

西周せいしゅうは前11世紀から前770年頃にかけての王朝である。武王が殷の紂王ちゅうおうを倒して建国した。首都は渭水いすい盆地鎬京こうけい(現在の西安付近)。特徴としては、

1.臣下である諸侯に封土ほうどを与えた。

2.周王や諸侯の家臣として、けい大夫たいふがいた。

3.諸侯に封土を与える代わりに、祭祀さいしへの参加・軍役ぐんえき貢納こうのうの義務を課すという封建制ほうけんせいが採られた。西欧の封建制は契約に基づくものであったが、周の封建制は血縁関係に基づくものであった。

4.上下関係や秩序について定めた宗法そうほうを基にして、同姓の父系集団である宗族そうぞくがまとめられた。

が挙げられる。

4.易姓革命

易姓革命えきせいかくめいとは、孟子もうしが提唱した王朝交代理論のことで、天が徳を失った現在の王朝に見切りをつけた場合に革命が起こって王朝が交替するというものである。君主が自ら譲位じょういするものを禅譲ぜんじょう、君主を武力で追放するものを放伐ほうばつという。

禅譲の例→ぎょうからしゅんへの君主の交替。

放伐の例→殷の紂王から周の武王への君主の交替。

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