ホーム世界史インド、東南アジア、中国、アメリカの古代文明→(基本)マウリヤ朝

1.ナンダ朝

前4世紀頃にマガダ国から出たナンダ朝がガンジス川流域を統一したが、長期政権にはならなかった。

※用語集におけるナンダ朝の記述は極めて少ない。

※インダス川流域はアケメネス朝の支配下に入った後、アレクサンドロス大王による征服を受けた。

2.マウリヤ朝

<チャンドラグプタによる建国>

前317年頃にマガダ国から出たチャンドラグプタ(在位前317年頃~、在位終了年については諸説あり)がナンダ朝を打倒して、インド初の統一国家であるマウリヤ朝を創始した。首都はパータリプトラである。チャンドラグプタは、アレクサンドロス大王の死後、混乱状態にあったインダス川流域からギリシャ人の勢力を駆逐し、またセレウコス朝と戦って有利な条件で講和した。

<アショーカ王による最盛期>

マウリヤ朝第3代の王であるアショーカ王(在位前268年頃~前232年頃)は、インド東南部付近にあったカリンガ国を征服し、南部以外のインドを領有した。しかし、カリンガ国征服時の惨状を見て深く悔い、仏教への信仰を深めた。スリランカへの布教を行い、仏典結集ぶってんけつじゅう(第3回とされる)を行い、サーンチーにストゥーパ仏塔ぶっとう)を建てた。また、ダルマ(倫理・法のこと)による統治を理想に掲げ、それを詔勅として発布し、各地に磨崖碑まがいひ石柱碑せきちゅうひとして刻ませた。

<滅亡>

マウリヤ朝の衰退に至る過程ははっきりとしないようであるが、180年頃に滅亡し、シュンガ朝が興った。

※用語集にはシュンガ朝についての記載はない。

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