ホーム世界史インド、東南アジア、中国、アメリカの古代文明→(基本)南インドの歴史

1.タミル語

タミル語は、現在インド・スリランカ・シンガポールの公用語のひとつとなっている。南インドでこれを用いた王朝が存在していた。

2.インド洋交易

地中海から紅海・アラビア海・インド洋を経由し、東南アジアや中国へとつながる海上交易ルートが栄えた。この交易ルートは「海の道」と呼ばれ、季節風を利用していた。紅海からインド洋にかけての記述は『エリュトゥラー海案内記』にあり、季節風は「ヒッパロスの風」と書かれている。

※『エリュトゥラー海案内記』についてはこちらも参照のこと。

※用語集によると、「海の道」で扱われた貿易品は以下のとおりである。

・ローマの金貨

・インドの綿製品

・東南アジアの香辛料

・中国の絹

3.南インドの歴史

チョーラ朝…ドラヴィダ系タミル人の王朝。成立年代は用語集とWikipediaで大きな開きがあり、はっきりしない。13世紀にパーンディヤ朝によって滅ぼされた。

パーンディヤ朝…ドラヴィダ系タミル人の王朝で、インド最南端にあった。Wikipediaの記述によると、何度か興隆と衰退を繰り返したようである。14世紀に滅亡したのは確かなようである。

パッラヴァ朝…ドラヴィダ系タミル人の王朝で、主としてインド南東部を領有した。3世紀に建国し、9世紀末に滅亡したようである。

※用語集にチャールキヤ朝という王朝が出てくるが、Wikipediaによると正確には3つの系統に分かれる王朝だった模様である。

※筆者が学生の頃もそうだったのであるが、古代南インドの歴史に関して、詳しく書かれている文献はない。北インドに比べると明らかに軽視されている印象であるが、理由は不明である。

4.セイロン島

セイロン島は、シンハラ人とタミル人の対立という構図で語られることが多い。

シンハラ人…インド・ヨーロッパ語族でアーリア系であるとされる人々。上座部仏教を信じる人が多い。多数派である。

タミル人…ドラヴィダ系の人々。ヒンドゥー教を信じる人が多い。少数派である。

5.バクティ運動

バクティ運動は、シヴァ神やヴィシュヌ神といったヒンドゥー教の最高神に帰依することにより、解脱をはかろうという宗教運動で、7世紀に南インドで始まったとされる。性別やカーストの枠を超えた広がりを見せた。後に北インドにも広がった。

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